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海外旅行つれづれに
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大学休学中にアルバイトを掛け持って目標の金額が貯まった。
パスポートやビザも揃った
夏に田舎に帰り最後の報告「アメリカへ行ってきま~す」と。

8月の末に大韓航空に乗り、ソウル経由ロサンゼルスへ
ロサンゼルスで1泊して翌日にサンフランシスコへ。

大韓航空の飛行機に乗った。
1人での海外はもちろん初めてだったので不安だった。
ソウルからロサンゼルスへの便で隣に座ったのが
ロサンゼルスに滞在していた日本人だった。
いろいろ話をお聞きして、勇気が出ました。

ロサンゼルスの空港に到着し、隣に座った女性の
彼が空港まで向かえに来ていたので、私も便乗させてくれ
ロサンゼルスのホテルまで送ってくれた。

感謝感謝です。

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ヨーロッパから帰ってから大学を休学
休学でも授業料高かったなあ、交渉の余地あったかもしれない
4月から出発まで半年あったので

その間に留学の準備をしていった。

留学ビザを取得しないといけない
覚えたてのタイプライターでビザ申請用紙にタイピング
できたああの歓声をあげて翌日神戸の領事館へ

必要書類をすべて準備していざ、面談へ。

最初はあることで不受理、え?どうして?と思った。

タイプされた文字が少しずれていたのです。

そのまま、午後に直談判、申請が通ってしまった。
これで、下宿へ帰れると。

ヨーロッパから帰国後3ヶ月粘って両親を説得した。
私が50万円ためることが出来たらアメリカでもどこでもOKを取り付けたのです。
早速、朝から夕方そして夕方から晩の二つ掛け持ちのアルバイトの始まり

朝、電車で通勤し配達のアルバイト
これで、市内の地図を覚えた。
通勤の社内でキーボードの運指を覚えた

今ではその甲斐あって、キーボードをブランインドタッチできる。

夕方からのアルバイトはホテルのウェイター

そんな生活が半年続いた。

3週間のイギリス・ボーンマスでの英語留学そしてヨーロッパ大陸珍道中一週間。
今でも鮮明に覚えている。それだけ強烈な経験だったのかなあと思います。
それから、
日本に帰ってからすぐに親の元へ
「来年、アメリカへ行きたい!」
もちろん、最初は首を立てに振ってくれなかった親。
でも、粘りに粘って3ヵ月後OKを取り付けた。

 
 

我々四人はミュンヘンを後にし、ユーロトレインでパリへ
ミュンヘンの雰囲気とまたまた違う。
セーヌ川の右岸左岸とそしてシャンゼリゼ通りを歩き
また、地下鉄に乗り、またまた観光と大忙し。

あっという間に時間は過ぎて、
このツアーの集合場所のホテルへ急いだ。
そのホテルはオルリー空港の近くのホテルだった。

パリ市内のホテルにしてくれていたら、その晩も楽しく出来たのにと





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